ここはハンバーガーで有名なM社の会長室。
会長とおぼしき筋肉質の男が、デスクに足を乗せて書類に目を通している。
デスクの上には6台の電話機と3台のパソコンがゆったりと配置されている。
電話機は、5ブロックに分けられた海外拠点の代表と結ばれたホットラインで、残りの1台はこの国の大統領とつながっているホットラインだ。
男が書類をデスクに置き、腕時計に目をやると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
この会長室は、会長のデスクとドアの間に長さ50Mほどの会議机が置かれているほどの広さで、小さなノックでは聞こえない。
ノックの主は、あらかじめアポイントを入れていた商品開発本部の責任者だった。
大学時代にはフットボールのスター選手だったその責任者は、書類を持って時間を惜しむように部屋に入ってきた。
「新しい商品の試作品ができました」
「…」
「別室でテスターが味見を行いますのでモニターでご覧ください」
責任者はそういうとリモコンを操作して壁を開き、埋め込み式の大型ディスプレイを出した。
そこには別室で新しいハンバーガーを前にした大柄の男女各2名、計4名の人間が座っていた。
「いつもの人間ではないようだが」
「はい、いつもの連中はそれぞれ生活習慣病が悪化して合併症などを併発しており、仕事に耐えられませんので、新人を使っております」
「今回は早いね」
「はい、年々テスターの寿命が短くなっています」
「原因はなんだね」
「ハンバーガーの食べすぎかと思います」
「そうだろうな、いたし方あるまい」
「はい、依存症になるように添加物を加え、しかもコストを下げるためにかなりの混ぜ物をしていますから」
「私は一度も食べたことないが、うちのハンバーガーは美味いのかね」
「はあ、実は私も食べたことがないので、なんともコメントのしようがありません」
「困ったものだね、商品開発担当者の君は一度くらい食べた経験が欲しいね」
「はぁ、ではいずれ時間をみて」
責任者は困惑の表情を浮かべた。
「じゃ、テストを始めてくれ」
「はい」
責任者はリモコンのボタンを押した。
別室では現場担当者の指示でテスター達が試作品を食べ始めた。
しばらくすると、ディスプレイに映し出されていた4人が、ハンバーガーを食べながら歓喜の声を上げ始めた。
それを見た会長が
「今回のものは効き目が強くないか、少しやりすぎのような気がする」
「はあ、でも現在販売してる商品より強くすると、この程度にはなってしまいます」
「そうか、そろそろこの『喜び』の添加物を使うのも限界かな」
「そういう意見も開発現場から出ております」
「新しい添加物の開発は終わっているはずだな」
「はい、いつでも使えるよう準備はできております」
「では、3ヵ月後の販売に向けて、その添加物を使った新しい商品を開発するように」
「承知いたしました」
責任者はそう言うと、大型ディスプレイを収納して、部屋を出た。
責任者が部屋を出ると、会長はホットラインの1台に手を伸ばした。
独特の呼び出し音が数秒聞こえた後、先方が出た。
「やあ会長なんだね」
静かで深みのある声だ。
「大統領、ご報告があります、例の新しい添加物ですが、3ヵ月後には商品に使用して市場に出します」
「いよいよ出ることになったか」
「はい、これまでの添加物でもだいぶ生活習慣病患者の増加には寄与したと思いますが、これでさらに増えるでしょう」
「わかった、ご苦労だね」
大統領は会長を労った。
「では製薬会社へはよろしくお伝えください」
「承知した」
会長は受話器を置き呟いた。
「壮大なるマッチポンプか」
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