2009年10月12日月曜日

宴席のケジメ

Aは都心の地下街でBと飲んでいた。
Bとの付き合いは、10年ほど前からだが、最近はほとんど会うこともなかった。
ところが珍しくBがAに電話をかけてきたのだった。
AがBと出会ったのはBが環境雑誌の編集をしている時だった。
誌面デザインを刷新する仕事をAに委託したことから付き合いが始まった。
しかし、環境雑誌の販売が低迷し続けたため、徐々に疎遠になり、現在Bは、政権与党議員の公設秘書に転職していた。
元々社会人としてのスタートを政治の世界で切ったBにとっては、当然の帰結だったかもしれない。
そんなBからの突然の電話だった。
特段の用事はなく、どうしてるかと思って掛けてきたらしい。
ちょうど携帯サイト制作の仕事をしていたAは、議員も携帯サイトのひとつ位は持ったほうがいいだろうと思って、その有用性を説明するからちょっと飲みましょうということになったのだ。
編集者の頃から人を見下したような言動があるBだが、公設秘書となってますます磨きがかかったようだった。
気取った語り口は、慣れないと聞いていて腹が立つものだ。
二人の年齢差はそれほどないのだが、寂しくなった頭髪を隠すためか、はたまたお洒落のつもりか、似合いもしないソフトを目深に被り、キザ丸出しのBである。
酒は日本酒が好物で、味が分かるのが自慢だった。
編集者時代、印刷会社の社長が接待しようとして声をかけたら、日本酒の銘柄がたくさんある店を指定してきたという話を聞いたことがある。
ある種のタカリである。
注文するにもイチイチ能書きを言わないと気がすまないらしい。
この宴席は、Aにとって接待の要素を兼ねたものだが、Bのタカリ癖はなかなかのもので、まずもって遠慮がない。
酒も、値段の高い方から注文してるのではと勘ぐるような銘柄が出てくる。
好きな酒を、好きなだけ飲んでるが、仕事の話には微塵も触れようとしない。
ようやく話の端緒をつかみ、
「議員さんも次の選挙を見据えて、それなりの広報活動をしてるんでしょ? ネットを上手く使ってます?」
と話を振っても、
「うちの議員には口を酸っぱくしてネットの有用性を説くんだが、いまひとつ反応が鈍いんだよね」
とやる気のない無難な会話しか成立しないのだった。
のらりくらりと適当な話で終止し、実のある話が展開せず、しかし酒量だけが増えていく様を目の当たりにして、Aはその夜の宴席をわざわざセッティングしたことを後悔していた。
話が仕事の方向へ展開しないと判断したAは、「そろそろ」とお開きを促し、ようやく勘定をすることができた。
その間、Bは明後日の方を向き、当然のように我関せずを決め込んでいた。
図々しくあり卑しくもあり、という見本のような表情だった。
別れの挨拶をした後、ほろ酔いのBは似合わないソフトを被り、軽い千鳥足で地下鉄の改札方向へ歩いていった。
Aはその背中を見送りながら呟いた。
「確か通勤は1時間半とか言ってたな。途中で確実に来るな」
Bがトイレに立った隙に、Aは酒に下剤を混ぜたのだった。
知り合いの薬剤師から、バリウム飲んだときにもらう下剤の2~3倍は効くからと分けてもらったものだった。

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