2009年10月15日木曜日

チュニジアのアンティーク

大正時代から店を開いている骨董屋が六本木にある。
いまの店主で3代目となる老舗の骨董屋だ。
先々代、先代の営業努力もあり、富裕層から一般庶民層まで幅広い客層を持ち、また取り扱う品揃えがユニークな店としてよく知られている。
特にアフリカや中東あたりの骨董を得意にしている。
この店の幅広い客層の中にAがいる。
大企業に勤める中堅管理職で、コツコツ貯めた小遣いで骨董品を買うのを唯一の趣味にしてる男だ。
ある平日の夕方、Aは打ち合わせで外出した折、久しぶりにこの骨董屋をのぞいてみようと思った。
店に入ると店主が笑みを浮かべて話しかけてきた。
「久しぶりですねAさん、何かお探しですか?」
Aは、冷やかしで来たくらいのことは分かってるのに、と苦笑いしながら、
「いやいや仕事で疲れたのでちょっと心の凝りをほぐそうかと思ってね」
「それはそれは恐縮です。うちの店で癒されるならいつでも歓迎しますよ」
「しかし、いいタイミングで来られましたよ、ちょっと面白い物が入りましてね」
Aは、店主の愛想笑いの原因がこれだったかと合点がいった。
「ほう、どんなものですか? 私の食指が動くようなものですか?」
「たぶん、というより間違いなく。Aさんの好みは良く理解してるつもりですよ。ちょっと待っててください、いま持ってきますから」
そう言うと店主は店の奥に消えた。
待つ間、Aは店の隅にある展示コーナーを見ていた。
このコーナーには、店主がアフリカや中東で仕入れきた小物が置いてあり、手ごろな価格なので必ずチェックすることにしているお気に入りの場所だ。

店主が店の奥から小さな箱を持って戻ってきた。
「これですよ、私が以前チュニジアで仕入れたものです」
「ほぉー、チュニジアですか」
Aは顔をほころばせながら店主が箱を開けるのを待った。
店主は、粗末な木箱にかけられた麻紐を丁寧に解きながら、
「だいぶ前のことですが、観光でチュニジアに行った時、泊まったホテルのマネージャーと親しくなりましてね、仕事で骨董品を扱ってる話をしたら、是非見せたいものがあるといわれて、見せられたのがこれです」
そういって店主は箱を開けた。
そこには奇妙な形の物がウコン染めの木綿布に包まれていた。
「これは紀元前500年頃、エジプトで使われていた物らしいです」
「へー、随分古いものなんだ」
Aはため息をついた。
「それにしても妙な形だね」
その物は、円錐形の土台に5枚の羽がヤジロベエのように微妙なバランスをとりながら載っていて、高さは15センチほどだった。
材質は金属のように見えた。
「なんでもこれは潮の干満を教えてくれる装置だそうです」
「潮の干満?」
「そうなんです。干満の原因となる潮汐力は、月や太陽などの天体によって地球のまわりの重力場に勾配が生じることで起こるっていいますよね。この装置は月との距離が変わることで生じる重力場の変化を捉えて、この上の羽が回るんだそうです」
「動いたとこ見たの?」
「いやまだないですけど、この材質が合金で、かなり特殊なもののようです。その合金が重力場を感じるんだそうです」
Aは当然のことながら半信半疑で店主の話を聞いていたが、このような骨董品の場合、付加されている話の真偽はどうでもいいのだ。
この種の骨董品の場合、かび臭いロマンを買うようなものなのだと、割り切っている。
「それからこの装置には別の効能があるらしいですよ」
「別の効能?」
「効能っていうとおかしいですが、アラジンの魔法のランプみたいなものです」
「というと何が願い事が叶うのかな?」
「まあ、そういうことです」
店主がそういうとAの顔に好奇心が浮かんだ。
Aはいま社内の派閥抗争に巻き込まれている。
大企業にありがちな派閥抗争で副社長派と専務派が、社内での次の権力を握ろうとしのぎを削っているのだ。
Aは専務派に属しているが、いつまでもこの抗争が続くのは会社にとって良いことではないと思い、なにか解決の糸口がないか探っているのだ。
藁にもすがる思いで、この装置に願いをかけてみるか、そんな思いがふっとよぎったのだった。
「これはいくらで譲ってもらえるのかな?」
「お得様のAさんだから、10万あたりでどうですか?」
「う~ん、もう少し勉強してもらえると手が出るんだが」
「じゃ7万でどうです?」
「悪い数字じゃないから、それでいただくかな」
「ありがとうございます」
Aはその装置を自宅に送ってもらうことにした。

翌日の晩、自宅でその装置を手にしたAは、早速願い事をすることにした。
副社長が戦う意欲を無くせば社内抗争はなくなると思い、そんな意味のことを装置に向かって念じた。
そんなことを数週間続けたが、副社長にはなんの変化もなかった。
ある日、骨董屋を訪ねたAは例の装置に願いをかけるにはどうしたらいいのか、店主にそれとなく尋ねた。
店主がいうには、かなり具体的な願いの方が効果あるらしいということだった。
その晩からAは、抽象的な願いではなく、もっと具体的な願いをかけることにした。
しかも、あまり軽い願いでは効果が薄いと思い、強烈な願いにしたほうがいいだろうと考えて、
「副社長が病死しますように」
と念じたのだった。
10日ほど経った時、社内に副社長病死のアナウンスが流れた。
それを聞いたAは心臓が止まる思いだった。
「まさか、あの願いが本当に叶うとは…」
Aは翌日、例の装置を持って骨董屋に向かった。
「この装置、悪いんだが引き取ってもらえるかな?」
と落ち着かない様子で店主に装置を渡した。
「では、4万でお引取りいたしますが…」
「ああ、そうしてくれ」
Aは、価格交渉をする余裕もないようだった。
現金を受け取ったAは足早に店を出た。
その後ろ姿を見送りながら、
「ただのガラクタなんだけどな、これで3人目だ」
店主は呟いた

0 件のコメント:

コメントを投稿