ジェネリック医薬品の秘密
医療費の増加に頭を悩ませている政府は、医療機関で処方される薬をできるだえジェネリック医薬品に替えるべく、医療報酬制度の改定を進めている。
ジェネリック医薬品を使う方が報酬が高くなる仕組み作りをしているのだ。
つまり飴とムチの関係だ。
ジェネリック医薬品メーカーは当然この流れを喜んで見守っているが、まったく関係のない企業が、この流れを注視していた。
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Aは普段より早く起きた。
社会人になってから12年間勤めてきた会社を人間関係の問題で辞め、外資系のベンチャー企業に転職したばかりだったから、心機一転のつもりで早く会社に行こうと早起きしたのだった。
新しい会社、B社は、バイオ関連の研究や医療関連の新しいシーズを調査している会社だ。
親会社は欧州に拠点を持つ総合エンジニアリング会社を核にしたコングロマリットで、これまでも世界各国(とりわけ中東やアフリカなど)で大規模な案件を手がけてきていた。
さらに、親会社は各国政府とのよからぬ噂が絶えないことでも有名だったが、自分がいるベンチャーはそれに比べれば米粒ほどの規模だから、気にはならなかった。
新会社は日本で設立されてまだ間もないため、スタッフは少なかった。
定刻より1時間前に着いたが、1番手は社長のM氏だった。
さすがベンチャーの経営者は違うな、とAは思った。
「おはようございます」
「おはようございます、早いですね」
「はい、この会社ではまだ新人ですから」
「最初からダッシュすると後で息切れするから、自分にとって適度なスピードをキープするようにね」
「はい、ありがとうございます」
以前勤めていた会社とは違って、精神論よりも合理性が勝っていると、Aは感じた。
この会社でのAの仕事は、日本の医薬品業界の相関関係を調べることだった。
日本では、医療機関に医薬品を販売する場合、医薬品メーカーが直接販売するより、いくつかの問屋を通して販売するケースが主流だ。
これは医薬品だけでなく、医療機器も同様だった。
旧態依然とした仕組みのようだが、医療機関にすれば、忙しい時にいくつもあるメーカーの人間に頻繁に来られても困るし、たくさんある医薬品の情報を、無駄なく合理的にできるだけ多く知る必要もあるので、問屋経由の方が都合がよかった。
それだけ、問屋(のスタッフ)には専門性が求められているが、メーカーより優位にたったビジネスが展開できるので業界での地位は高かった。
Aはそんな問屋への調査を始めていた。
B社は今後日本で利用が促進されるジェネリック医薬品を、インドの会社と共同で製造販売していくプロジェクトを進めていたのだ。
その販路を開拓する目的での調査だった。
「問屋とメーカーの関係についてのレポートはいつ上がりますか?」
M氏は、Aに調査状況をたずねた。
「来週末には提出いたします」
「分かりました、よろしくお願いしますね」
Aは問屋のひとつであるP社の人間から、業界や薬のことを教えてもらっていた。
「新薬が初めて市場に出た後には市販後調査があって、安全性や副作用などの調査が行われます」
「ジェネリックでもですか?」
「そうです、ジェネリックでもその調査の結果次第では市場から撤退するものもありますよ」
「そうなんですか」
Aはこの話になんとなく疑問を感じていた。
それが何かはすぐに分からなかったが、ある日、自分が通うクリニックのドクターと話していて、疑問の中身が分かった。
「先生はジェネリックをあまり処方されないようですが、何故です?」
「ジェネリックと言ってもね、100%情報が開示されていて、100%のコピー薬という訳ではないからさ」
「と言うと?」
「薬にも、料理と一緒で材料を結びつけるツナギが必要なんだが、その情報は開示されていない、と言うことは、ジェネリックではその部分が独自の技術になってくる、ということは100%のコピーではないから、安全性や副作用の心配がある、ということさ」
「そうなんですか、じゃ全くの新薬ですね」
「そういうこと、だから国がジェネリックを促進してるけど、俺は安全性が確認できてから使うよ」
Aの疑問は氷解した。
Aはレポートをまとめていた。
何度かプリントアウトして、見直しては書き直し、不要な書類をシュレッダーで裁断するという作業を繰り返していた。
社内では、秘密保持のために不要な書類はシュレッダーで裁断することになっていた。
その日は、M氏も大量の書類を裁断していた。
分厚ファイルだった。
AはM氏の作業が終わるの待って自分の書類をシュレッダーにかけた。
その時、Aは機械の下に落ちている1枚の書類に気が付いた。
多分、M氏が処理し損なったものだと思った。
M氏はすでに外出して留守だったので、後で確認してから処理しようと拾い上げた。
書類はレターサイズのものでいかにも外国から来たというような体裁だった。
文面はもちろん英語だったが、書類のタイトルが気になった。
「ジェネリックによるマインドコントロールプロジェクト」というものだった。
書類は一部なので全体像は不明だが、ジェネリック医薬品を使ってなんらかのマインドコントロールを謀るというもののようで、医薬品を構成する成分について書かれていた。
しばらく、その書類を見ながら思案していたが、ふと、クリニックのドクターが言ったことを思い出した。
「ツナギは独自の技術で…」
Aは納得した。
ツナギに副作用がなくて常習性があるような薬物を使えば、一種の麻薬もできるし、精神をある方向に誘導することだった不可能ではないだろう、Aはそう理解した。
そう言えば、親会社は…。
Aの胸に暗雲が垂れこめ始めた。
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