2010年2月28日日曜日

悪魔の囁き

「何かお探しですか?」

中国後や韓国語など日本語以外のアナウンスが流れる店内で、Aは手持ち無沙汰の店員から声をかけられた。

Aは、家電量販店のオーディオアクセサリーコーナーで探し物をしていた。

「いや、えー」

自力で見つけようと思っていたAは、突然の店員の声にうろたえた。

というより、元々このような状況で店員から声をかけられるのをあまり好まない上に、自分の思考が邪魔されたことに苛立った。

とは言え、その場は喧嘩する訳にもいかず、適当に会話を成立させるしかなかった。

「携帯電話のイヤホンが切れたので、新しいの探してるんだ」

「携帯はどちらのキャリアですか?」

「au」

「では、ちょうどいい出物がありますよ、ちょっとお待ち下さい」

定員はそういうと少し離れたショーケースからパッケージを持ってきた。

Aに見せながら、

「これは訳ありものなので、新品ですがお安くご提供できますが、いかがすか?」

「訳あり?」

「はい、実は展示品だったものです。未使用ですから新品同様です」

「純正品を買うのは馬鹿らしいと思って、サードパーティのものを探していたんだが、それならこの方がいいか」

Aはそう言って、即決した。

すでにさっきの苛立ちは消えていた。


店から出て、早速携帯電話につなぎ、ラジオ機能を起動させ聴き始めた。

最近携帯で聴く音楽プレーヤーが流行っているが、Aはあの手のものが嫌いで、昔からポケットに入る小さなラジオを聴くのを好んでいた。

今は携帯電話でラジオやテレビの視聴ができるので、その機能を活用している。

思ったより、いいものが安く手に入ったのでAはご満悦だった。


店を出たらすっかりあたりは暗くなっていた。

街路灯が照らす歩道に視線を落としながら、Aはラジオから聴こえるニュースに神経を集中させ、家路を急いだ。



通勤時に限らず、営業で外に出るときでも、Aは時間が許せば携帯でラジオを聴いていた。

今日もそのスタイルは変わらなかったが、Aにとって少し気になることがあった。

いつものように家路についているとき、同じ道をほぼ同じ時間に歩いているのに、なぜか今日は雑音が多いのだ。

もともと携帯のラジオだから音質がそれほどいいわけではない。

しかも電波は天候によって左右されるから多少の不安定さは仕方がない。

しかし、その許容範囲を超える雑音が入っているのだった。

そんな時間が10分ほど続いただろうか。

しばらくして雑音は消えた。

雑音が無くなってしまえば、気にしていたことも忘れてしまった。



その後も、そんなことが度々あったが、同じような時間帯に同じような現象だと、慣れてしまうものなのか、だんだん気にならなくなってきていた。



Aがいつも通る道に、ひっそりと駐車しているワンボックスカーの姿がたびたび目撃されるようになった。

窓をふさいで中が見えないようになってる車で、しかも黒色のためか駐車していることに気づかないほど、闇夜に溶け込んでいた。

車の中では、ある大学の研究者が複雑な機器の操作をしていた。

その機器は通信機器類だった。

この研究者はある実験をしていた。

それは、とても人にいえるようなものではなかったが、自分が立てた仮説を実証したくて、密かに実験をしているのだ。

研究者の隣には、Aがイヤホンを買った時の店員がいた。

「そろそろ効果が出る頃ですね」

「私の仮説が正しければね」

研究者はそう言いながら、なにやら大きなつまみをゆっくりと回し始めた。


Aはいつもと同じように街灯に照らされた歩道を歩きながらラジオを聴いていた。

そして、いつものように雑音が聴こえ始めた。

しかし、きょうはいつもと違っていた。

Aはすこし眩暈を感じたと思った。


ワンボックスカーの中では、研究者と店員が、歩道を撮影していたカメラから送られる映像に見入っていた。

「いよいよですかね」

店員が囁いた。

その時、モニターに映るAが奇妙な行動をとりはじめた。

そばにあった電柱に登り始めたのだ。

研究者はモニターを見ながらいくつかの機器を、デリケートな手つきで同時に操作していた。

Aは電柱にしがみ付きながら遠くを見回すしぐさをしたり、片手を離して振り回したりと、奇怪な行動をとっている。

「そろそろオフりますね」

研究者はそういうと、操作していたいくつかのつまみを絞り始めた。

モニターに写るAは電柱をゆっくりと降り始めていた。



Aは眩暈から覚醒した。

その時、自分のスーツが汚れてクシャクシャになっているのに気づいた。

手も汚れていた。

少し頭痛がしたが、なぜ自分がこんな姿なのかまったく理解でないまま、しばらくその場に呆然と立ちつくしていた。

イヤホンからは聴きなれたディクスジョッキーの元気な声が流れていた。


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2010年2月21日日曜日

過去を語る椅子

横浜の山下公園近くに、調度品にアンティークを使っているショットバーがある。

どちらかというと常連客が多い店だが、カウンターとテーブル席が2つという小さな店だ。

Aは付き合いのある地元のお客さんに紹介されたのが縁で、この店に通い始めた。

バーテンでもある店のマスターが静かな人で、落ち着いて飲ませてくれるのが気に入っていて月に2・3回は通っている。

だから、マスターともあまり世間話をしたことがない。

Aはいつも物思いに耽りながら、好きなタンカレーのロックをダブルで呑むのを習慣にしている。

ただこの夜は、紹介してくれたお客さんから聞いたことが気になって、呑み始めてしばらくした頃、マスターに話しかけた。

「この店の調度品はすべてアンティークだって聞いたけど」

「ほとんどそうですが、全部じゃないですよ、それほど開店資金があった訳でもないので」

「でも、ほとんどっていうのも凄いね」

「店を開くならアンティークを使いたいというのが夢だったもんですから」

「落ち着くよね」

「ありがとうございます」

Aは、改めて店内を見回した。

良く見ると、カウンターの椅子も全部不揃いで、少しずつ違っている。

「一つひとつの曰く因縁なんか知ってるの?」

「全部ではないですが、買うとき時間をかけて選んでるので、ある程度の話は仕入先から聞いてます」

「へえぇ、たいしたもんだね」

「今、俺が座っている椅子はどうなんだろ?」

「Aさんが座られている椅子は、だいたい200年ほど前にロンドンの大学で使われていたものらしいです」

「200年前、ロンドンの大学ねぇ」

「そんな話しを聞くと酒も一味変わるような気がするね」

「この店はオープンしてからそろそろ15年ほどになりますが、数人のお客さんが、興味深いことを言ってます」

「へえ、どんなこと?」

「店の調度品の中には、接していると何か不思議な気分になるものがあるって言うんですよ」

「例えば、座っていると遠くの方から声がするとか」

「声が聞こえるって?」

「ええ、しかも日本語ではないようです」

「まさか横浜だから店の外を外人船員が大声出して歩いてた、というわけじゃないんだよね」

「ええ、この店地下1階だから外の声は聞こえませんよ」

「そりゃそうだ」

Aは再び店の中を見回した。

「それってどの椅子?」

「カウンターにもありますが、一番端の椅子と、Aさんが今座られている隣の席、あとはテーブル席の椅子ですね」

Aはテーブル席を見つめた。

柔らかい明かりを放つランプが壁から伸び、テーブルの上を照らしている。

椅子が1脚だけの一人用のテーブル席だ。

「テーブル席に移ってもいいかな」

「どうぞ、お使いください」

Aはタンカレーのグラスを持って移動した。

この店に通い始めてからいつもカウンターで呑んでいたので、テーブル席につくのは初めてだった。

カウンター席はちょっと高めの位置にあるので、テーブル席はカウンター全体を見渡せる位置にある。

なかなか面白い席だ。

Aはこの席が気に入った。

本当に声が聞こえてくるのだろうかと、半信半疑で耳を凝らしながら呑み続けたが、その晩は何も聞こえてこなかった。


2週間ほど過ぎたある晩、Aはショットバーのテーブル席で呑んでいた。

静かに、目を閉じて、ゆっくりと呑んでいた。

呑み始めて1時間ほどした頃だろうか、少し眠くなりうつらうつらしていたら、何かざわめきのような声がしてきた。

しかし、睡魔に負けて、ちょっと寝ようと思い、軽く寝ることにした。


どの位寝たのだろうか。

ほんの5分程度のようだったが、長く感じた。

しかも夢を見た。

英語を話す男達が、なにやら経済を話題にしているような内容だった。

英語はイギリス英語かオーストラリア英語か、アメリカ英語ではなかった。

よく聴き取れなかったが、リーマンショックがどうとか、辞任したアメリカのオバマ大統領がどうとか言っていたような気がした。

近未来の夢?

自分が潜在的に望む内容なのだろうか。

そんなことはない。

経済に無関心ではないが、それほど気に留めている訳ではないし、利害があるわけでもない。

不思議な夢だった。

まさか、椅子と関係あるのだろうか。


次も、おなじテーブル席についてタンカレーを呑んでいた。

そして、眠くなった。

うたた寝を始めてしまった。

やはり5分程度の睡眠だったようだ。

夢も見た。

同じような近未来だった。

少しは英語が聴き取れるようになっていた。

そこには、ある企業の業績や株価に関する情報交換らしき内容が入っていたような気がした。

Aは推測した。

ひょっとしたら、この椅子に座ると、近未来が見えるのかもしれないと。

であれば、相場で一儲けもができるかもしれないと考えた。

その瞬間、今まではまったく興味がなかったレーティングに興味が沸いたのだった。


その後、頻繁に店に通い、同じ席に座ってタンカレーのロックをダブルで呑みながら、うたた寝を繰り返した。


夢でみた情報を整理して、Aは投資を始めた。

近未来の話だから、すぐに結果がでることはないので、しばらくは様子見だな、とAはある程度の仕込をしてから傍観することにした。

未来からの情報に基づいて、必ず儲かると確信しての投資だから心はウキウキしていた。

そんな時、ふと思ったのが、以前にもこの椅子に座った人間がいるのだから、その人達も何かしら儲けているのではないかという疑問だった。


ある日、Aはマスターに聞いてみた。

「例の椅子に座って何かしらの声を聴いた人って、どうしてます?」

「それがですね、何か聴こえたっていう話をした後、しばらくしてからぱったりとお見えにならないんです」

「店に来ない?」

「ええ」

Aは考えた。

儲かったからほどほどのところで投資を止めたのか、あるいは聴こえた話が経済ネタではなかったのか。

いま、人のことを考えてもしかたない、自分の結果を出すしかないな。

Aはそう考えて、それ以上他人のことを詮索するのをやめた。


そして半年ほどした頃、新聞の経済面を賑わせた事件があった。

Aが投資していたグローバル企業が業績悪化で倒産したという話しだが、その裏には政治問題も絡んでいたらしく、大変な事件になっていた。

ショットバーのマスターは、その新聞記事を見て、Aのことを考えた。

誰かに言わずにはいられなかったAから、断片的に話を聞いていたマスターは、薄々感づいていた。

しかし、あの椅子に座った人間は、己の欲望に勝てずに身を滅ぼすということも知っていた。

椅子に座って聴こえるのは未来の声だけでなく、過去の声もあり、それらは混在しているということを、マスターは知ったいたのだ。

「欲望」は都合の良い話しにしか耳を傾けないから、そんな人間には何を言っても無駄なのだ。

マスターは、また一人常連客が減ったことを知った。